「バーチャルTA」を活用したニューノーマルの授業形態とは
AIチャットボットとSlackの連携で、教員と学生のコミュニケーションを円滑に

AIチャットボットとSlackの連携で、教員と学生のコミュニケーションを円滑に
近畿大学の理工学部 情報学科では、学生からの質問対応を効率化するため、AIチャットボットを活用した「バーチャルTA(ティーチング・アシスタント)」を2018年に導入し効果を上げていた。そのような中、新型コロナウイルス感染対策でオンライン授業化が進み、学生からの質問が増加。そこで情報学科では、AIチャットボットとSlack(コミュニケーションツール)を連携させ、教員やTAの負荷を軽減した。ニューノーマルに求められる新しいコミュニケーション手段として、バーチャルTAはどのような効果をもたらすのだろうか。

学生からの質問増加による、教員への負荷

近畿大学 理工学部 情報学科では、以前から“学生から寄せられる質問の増加”とそれに伴う“教員の負荷増大”が課題となっていた。背景にあるのは学生の意識変容ではないかと、対話システムや画像処理などの実習科目「情報メディアプロジェクト」で講師を務める大谷氏は考えている。

「私が学生の頃は、疑問点があっても、まずは自分で調べたり試行錯誤したりするのが普通でした。でも、今の学生は多少変わってきましたね。何か疑問があれば、すぐ教員に答えを求める傾向があるように感じます」(近畿大学 理工学部 情報学科 講師 大谷 雅之 氏)

実習科目「情報メディアプロジェクト」を担当しているのは、大谷氏を含めた3人の教員と、6人のティーチング・アシスタント(教員の手助けをする大学院生。以下「TA」)だ。学生からメールなどで受けた質問はまずTAが対応し、TAが答えられないものは教員が担当していた。しかし、質問数が増えるに従って、教員やTAの負担は大きくなる一方だったという。

「質問の中には、とても簡単なものも含まれています。これらへの対応をできるだけ自動化したいというのが、チャットボット導入の最大の理由でした。劇的な効果が得られるとは思っていませんでしたが、質問対応の負荷が少しでも削減できれば、教員やTAが研究や授業準備などの重要な仕事に注力できるのでは、という期待をしていましたね」(大谷氏)

チャットボット導入の理由は、もう1つあった。それは、AIを応用した製品を学生に実体験させることだ。「情報メディアプロジェクト」では、AIやWeb技術、通信技術などを駆使したグループ対話システムの構築方法を教えている。学生がチャットボットを実際に使うことで、授業内容の理解がさらに進むと考えたわけだ。

近畿大学 理工学部 情報学科 講師 大谷 雅之 氏/情報メディアプロジェクトの授業風景

AIチャットボットを導入し、半数以上の質問を自動回答

「情報メディアプロジェクト」の講義に、AI 問い合わせ対応サービス「manaBrain(マナブレイン)」を活用した「バーチャルTA」が導入されたのは、2018年9月のこと。これは、AIチャットボットが24時間にわたって学生から質問を受け付け、適切な対応を行う仕組みだ。

最初に準備したのは「想定問答集」だった。TAが、授業で使われる資料から重要なキーワードを抽出するなどして学生から寄せられそうな質問をリストアップし、それらに対応した回答を用意。このときmanaBrainを提供するSCSKの支援が役立ったという。

「想定問答集はこちらで用意しましたが、『類似質問』については、バーチャルTA(manaBrain)が自動生成してくれます。『バーチャルTAとは何ですか?』という質問であれば、『バーチャルTAについて教えてください』『バーチャルTAは何に使える?』などの類似質問を自動的に作ることで、より多くの質問に適切な対応ができるようにしてくれるのです」(大谷氏)

バーチャルTAでは、日常会話のようなやり取りも実現している。学生が「こんにちは」とあいさつすると、バーチャルTAは「こんにちは。わからないことがあったら質問してね」などと回答する。

「こうした会話を取り入れたのは、学生から信頼を得るためです。『こんにちは』と聞いたときに『質問の意味がわかりません』と答えたら、学生はいかにもAIを相手に聞いている感じを受けるでしょう。一方、人と話しているような感覚を覚える受け答えであれば、学生も安心して質問してくれると考えたのです。そのため、あいさつや雑談にも答えられる機能を用意しました」(大谷氏)

運用は当初SCSKからサポートを受けていたが、現在はTAと学生のみで行っている。manaBrainは直感的に使えるように設計されているので、毎年入れ替わる学生でも問題なく手順通りの運用ができるという。

バーチャルTAの導入効果は、期待を大きく上回った。質問応答に関わる業務が半減したのだ。2018年度は、学生から授業に関する質問が813件寄せられたが、バーチャルTAがその56%にあたる460件の問い合わせに正しく回答したからだ。また、授業内容の改善にも貢献した。多くの学生が疑問に感じたりつまずいたりするポイントが明らかになり、実習に対する要望などを吸い上げることも以前より容易になったという。

「当初は質問応答業務の削減だけが目的だったのですが、学生のニーズや思考を見える化できるようになったことは、思わぬ副産物でした」(大谷氏)

バーチャルTA for Slackの画面イメージ

Slackと連携させることで、コミュニケーションを円滑化

新型コロナウイルス感染拡大により、近畿大学では2020年春から“ビデオ教材によるオンデマンド+Slack経由の質問対応”という授業形式に切り替えた。その結果、学生からの質問数は以前より2~3割増えたという。

「教材のダウンロード方法や出席手続きなど、オンライン授業関連の質問が多くなっています。また、Slackが導入され、気軽に質問できるようになったことも、質問増の原因かもしれません」(大谷氏)

そこで情報学科では、2020年9月から、manaBrainを活用したチャットボットのバーチャルTAを、学生になじみのあるSlackと連携させた。この「バーチャルTA for Slack」の導入により、学生からの質問の多くがSlack経由で流れてくるようになったという。また、教員やTAは、Slack内に用意されている「質問蓄積チャンネル」を見ればすべての質問を閲覧できるため、学生のニーズや思考がより簡単に把握できるようになった。

「私自身、以前からSlackを使いやすいツールだと感じ、大学が正式導入する前から研究室の運営などに利用していました。情報学科でも、新型コロナウイルスの感染拡大前から学生との連絡などにSlackを使っていたのです。そのため、オンライン授業が当たり前になってからも、学生とのコミュニケーションはスムーズでした」(大谷氏)

「学生からの質問が集まる質問蓄積チャンネルは、頻繁に目を通すようにしています。そして、学生から数多く寄せられる質問については、Slack上でまとめて回答します。また、学生たちが抱えている共通の弱点を見つけて、改善するために次年度のカリキュラムに手を加えることもあります」(大谷氏)

バーチャルTAのようなIT活用は、今後、他の教育機関にも広まると大谷氏は見ている。それも、単なる対話システムにとどまらず、学生のグループワークを総合的にサポートするような仕組みとして活用できると考えているのだ。

「バーチャルTAの普及を加速するには、いくつかの課題を解決する必要があると感じています。まず、バーチャルTA以外で教員やTAが個別に対応した質問についても共有し、バーチャルTAのインプットとして利用できるような仕組みがほしいですね。また、学生の中にはエラー画面のスクリーンショットを撮って質問してくるケースもあるので、画像解析や音声認識などの機能が搭載されると、さらに利便性が向上すると思います」(大谷氏)

すでに、近畿大学 理工学部 情報学科の導入事例を知り、他の教育機関などからもSCSKへ問い合わせが来ている。ある大学では、アクティブラーニング型の授業でバーチャルTAをファシリテーター役に据える試みを進めているそうだ。

「バーチャルTAを、単なる『対話システムだけのエージェント』にはしたくありません。オンライン授業に深く関わり、教員やTAとは別の観点から学生たちの学びをサポートしてほしいですね。例えば、Slack上で行われているグループワークが盛り上がっていなかったら、適宜、学生に話を振っていく。あるいは、様子が見えづらいオンライングループワークをモニタリングする。そういった機能を今後、追加していければいいですね」(大谷氏)

対面授業とオンライン授業を効果的に併用するなど、ニューノーマルに対応した新しい授業形態への対応が問われている教育機関。バーチャルTAの活用範囲はさらに広がりそうだ。