AIチャットボットは、社内ヘルプデスクに有効だ
月間1万件の問い合わせ対応に、AI導入の効果は?

月間1万件の問い合わせ対応に、AI導入の効果は?
社員が日々の業務に活用する多彩なITサービス。利用者は年々増加し、その属性も多様化している。この膨大な問い合わせに対応するSCSKのITヘルプデスクでは、AIチャットボットの導入が問い合わせの削減成果を生んでいる。その成功の秘訣は何なのか。また、どのように導入し、運用しているのだろうか。社内ITサービスの開発・運用を担う情報システム部門のITヘルプデスクに聞いた。

ITヘルプデスクが抱える課題とAIチャットボット

──ITヘルプデスクは、どのような課題を抱えていたのですか。

鈴木:一番大きな課題は、問い合わせが多すぎて、ITヘルプデスクの工数が膨らんでいたことです。ピーク時には、月に約1万件の問い合わせメールが寄せられたこともあります。AIチャットボット導入前の2017年には、年7万件の問い合わせを受けていました。

根本:問い合わせが増えた背景には、社内ITサービスのユーザー数の増加があります。社員だけでなく協力会社も利用するなど、ユーザーが多様化したこともあり、1年で1,000人ほど増えました。

──問い合わせの増加以外に、課題はありませんでしたか。

鈴木:弊社の場合、電話での問い合わせ対応はPC端末のアカウントロック時に限定し、他はすべてメールでの対応です。業務時間外には対応していませんし、すぐに返信するというわけにもいかない。そのため、問題をすぐに解決したい社員からの評価は、あまり高くないのが実情でした。

SCSK 情報システムグループ コーポレートシステム部
サービスデスク課長 鈴木 美奈子

──なぜAIチャットボットの導入を決めたのですか。

根本:ITヘルプデスクの負担が大きくなっている一方、「働き方改革」を進めるため、長時間労働の是正は必須。しかし人員増加は難しかったので、ITヘルプデスク業務の効率化を図るほかありませんでした。

鈴木:ITヘルプデスクへの問い合わせで特に多かったのは、情報システム部門が提供するアプリケーションやITサービスの使い方、そしてトラブルへの対処法に関する問い合わせです。FAQページを充実させていたので、FAQを読めばユーザー自身で解決できる問い合わせも少なくない。ただ、慣れていないユーザーは、検索しても最適なFAQにたどり着けなかった。そこで、特に多かった問い合わせから、FAQで回答できるものを絞り込み、それを弊社がお客様に提供しているAIチャットボット「Desse(デッセ)」で処理できるようにしようと考えたのです。

──AIチャットボットの導入に懐疑的な意見はなかったのですか。

鈴木:もちろん、「本当に効果はあるのだろうか。もし効果が出なければ、運用の手間が増えるだけだよね」という意見はありました。すでに充実したFAQを用意していたので、FAQで検索することを、チャットボットに入力することに置き換えるだけで、効果が出るかがわからなかったのです。

AIチャットボットの導入とITヘルプデスクの運用

──導入にあたって、ITヘルプデスクにどのようなタスクが発生したのでしょう。

中山:まず、FAQの整備が必要でしたね。既存のFAQの内容を更新したり、足りないものを追加したりなどです。

鈴木:ユーザーからの問い合わせの言い回しは様々です。例えば社内PCにログインできないとき、「社内PCに入れません」「ログインできません」「アカウントロックが解除できません」など、さまざまな言い回しで問い合わせが寄せられます。これらにうまく答えるため、どのようなパターンを登録すればいいかの検討が必要です。ただ、こうした作業については、Desse導入支援チームからサポートを得られたので、それほど難しくはありませんでしたね。

──どのようなチームで、どのような手順で、導入を進めたのですか。

中山:Desse導入支援チームから1人、ITヘルプデスクからリーダー格が2人とオペレーション担当が2人、そして情報システム部のメンバーが3人の8人体制です。2週間に1回くらいのペースで定例ミーティングを実施し、並行してFAQの整備を進めました。まず問い合わせ内容を分類してカテゴリーごとの件数をチェックし、チャットボットで対応できそうな質問項目の洗い出しと、対応するFAQの準備作業に1カ月。並行して、DesseへのQA登録と回答結果の調整を行い、試験導入までトータル約1.5カ月です。

SCSK 情報システムグループ コーポレートシステム部
サービスデスク課 中山 直子

──試験導入から本格導入へはスムーズに移行できたのですか。

根本:当初は、半年ほどの試用期間を経て、実績を見た上で、本格稼働に移行するかを判断しようと考えていました。しかし実際に導入してみると、すぐに成果は出たし、大きな問題も起こらなかった。そのため、そのまま特に手を加えることなく、本格運用に移行したのです。

Desse導入直後から、利用が伸びました。おそらく、「AIチャットボットって何?どんな使い勝手なのかな?」と多くの人が興味を持ち、試しに使ってくれたのだと思います。実際、情報システム部門の中でも、利用者が注目する導入直後が勝負だと話していました。ここでDesseが便利だと実感してもらえれば、口コミが広がってユーザーが増えると考えていたのです。

──Desseによる回答の精度は、当初の予想通りでしたか。

根本:「問い合わせに対する回答で疑問を解消できたか」という「正答率」は平均60%くらいと、想定以上の高い精度を実現できましたね。なかには、80%程度の正答率を実現できたカテゴリーもあります。

──正答率が高いカテゴリーとはどのようなものですか。

中山:得意なのはQとAの組み合わせをパターン化しやすい問い合わせです。例えば「OSのアップデート方法」や「プリンターの使い方」などは、問い合わせに対する回答のパターンがそれほど多くなく、しかも標準的な方法が固まっている。つまり、回答の手順通りに操作すれば問題を解決できます。

鈴木:逆に、正答率が低い「アプリケーションの使い方」は、Desseによる回答の対象から外しています。アプリケーションにはたくさんの機能があって、使い方も様々なので正しい回答が用意できない。こうした分野については人が答えると割り切りました。

ITヘルプデスク業務へのAIチャットボットの効果

──問い合わせの件数は、Desse導入でどのくらい減ったのでしょう。

根本:平均すると、問い合わせの件数は20~25%程度減りました。もちろん、ソフトウエアやハードウエアの入れ替えがあった月は問い合わせが急増するのですが、年間でならしてみると、かなり減りましたね。

中山:単に件数が減っただけでなく、1件の問い合わせに対しての回答にかかる工数も減りました。問い合わせをメールで受けていたときは、何度かメールをやりとりしなければ問題解決はできなかったのですが、Desse経由の問い合わせでは、一回で解決できるケースが少なくありません。Desseがあいまいな質問に対して聞き返すことで、これまで何度もメールをやりとりしていたプロセスが省略できるのです。

あいまいな質問に対して、Desseの聞き返し機能がFAQへ誘導している例

──FAQの回答数は、現在、どのくらい用意しているのですか。

鈴木:Desse導入時は約100件でしたが、その後徐々に増やして、現在では300件ほどになっています。メールやプリンターなどのカテゴリー別のFAQも充実させ、ソフトウエアアップデートなどのイベントに関わるFAQも追加しています。

FAQの登録や追加は、Excelで行います。各種ログ情報を確認し、「こんな質問を受けたのに、別のFAQに誘導してしまった」などの事例を分析して、FAQを修正・追加するという繰り返しですね。他に特別なツールなどは使っていません。特別なことをしなくてもチューニングできるというのが、Desseの利点のひとつかもしれません。

中山 :導入後は、OSの入れ替えやソフトウエアのアップデートなどのたびに利用者が増えました。こうした定期的なイベントで発生する問い合わせは、パターンが決まっているので、Desse導入の効果は大きくなります。そのためイベント前にFAQを充実させることで、「前よりも使いやすくなった」と感じてもらうように心がけています。

──Desseの運用に特別なスキルは必要ですか。

鈴木:ITの知識がそれほど高くない人でも、立ち上げ時に適切なサポートを受ければ、十分運用できると思います。ログの解析やFAQのチューニングが最も重要な作業ですが、そこは技術ではなく、業務の理解が活きる領域。ハードルは決して高くありません。実際、情報システム部門でDesseを運用しているのは、エンジニアではありません。

中山:問い合わせ内容と各種ログ情報を確認し、FAQなどのコンテンツを改善する作業は必要です。ただ、それはDesse導入以前にもやっていたことで、作業面での特別なスキルが必要だと感じることはありませんでした。

──ヘルプデスク業務に、AIチャットボットは有効だと感じていますか。

根本:十分利用価値があると思います。ただ、「AIチャットボットを使えば、ヘルプデスクを無人化できる」というのは幻想です。AIは万能ではありません。「この分野は機械に任せても大丈夫」「この分野は人力で回答する方が効率的」と切り分けて運用すれば、大きな省力化をもたらしてくれると思います。一般に、AI導入には学習コストがかかると言われていますが、Desseの場合は機能がシンプルなので、日常業務の延長線上で維持できるからです。

SCSK 情報システムグループ長 根本 世紀

中山:省力化以外にもメリットはありますね。夜間などヘルプデスクがいない時間帯にも対応ができることや、AIなのでユーザー側が気楽に質問できることです。実際、Desse導入後、ITヘルプデスクへの評価も向上したと実感しています。

根本:情報システム部門として最も満足しているのは、ヘルプデスク業務の効率化に大きな効果が表れていることです。年に7万件寄せられていた問い合わせが5万件台に減ったことで、ヘルプデスクの負担はかなり小さくなりました。また、Desseはとてもシンプルなサービスなので、それほど手をかけずに管理できる点がありがたいですね。

──導入を成功させる上では、何が重要になると思いますか。

鈴木:AIが得意な部分はDesseで処理できるようにし、AIが苦手な分野は人間がカバーする。この見極めですね。これが、業務効率アップのカギを握るのではないでしょうか。

中山:Desseを運用する際、一番の肝になるのがQAデータの整備。もし社内にFAQがあれば、それをチューニングすることにより短期間で導入できます。ただ、FAQがなくても利用することは十分可能です。例えば、最初の数カ月間だけ電話応対のやりとりを記録し、そこからDesseの導入支援チームにアドバイスを受けながらQAシートを作成すればいいのです。

──AIチャットボットは、どのような企業の現場で使えるでしょう。

中山:問い合わせ対応のプロセスが決まっている部署であれば、業務を効率化できると思います。AIチャットボットを活用すれば、電話やメールでのやりとりはかなり削減できるからです。

根本:実際、弊社でも人事部などからAIチャットボットに対する問い合わせが来ています。人事関連の申請業務などは非常に煩雑でわかりにくく、問い合わせが寄せられることも多い。このような企業内のヘルプデスクには非常に向いていると思います。社内からの問い合わせが集中する業務に、Desseをうまく活用すれば、短期間で効率化を実現できるのではないでしょうか。