ITで変革する北海道の農業・畜産業
トップファームグループが進めるAIによる牛の行動観察
トップファームグループが進めるAIによる牛の行動観察
労働者不足が深刻な農業や畜産業の現場では、業務の効率化が強く求められている。ベテランスタッフから若手への技術継承も大きな課題だ。これらを解決するための強い武器となるのがITである。北海道で畜産業を営んでいるトップファームグループは、IT活用に積極的だ。同社はAIシステムによって牛の分娩兆候を検知する仕組みを導入した。AIによる画像解析は、畜産業にどのようなイノベーションをもたらすのだろう。

北海道の畜産農家が抱える課題とは

ここ数年、本州では畜産業から離れる人が増えており、北海道の畜産業への期待度は高まるばかりだ。こうしたなか、北海道の畜産業は近年、大規模化が進み、労働者不足が深刻になっている。各畜産業者がこなさなければならない業務も膨大になっているためだ。

北海道の佐呂間(サロマ)で肉牛生産と酪農を手掛けるトップファームグループ(以下、トップファーム)も、規模の拡大に伴う、労働者不足と業務負荷に課題を抱えていた。同社は、4カ所に広がる大規模な80棟の牛舎で約1万3,000頭の牛を飼育。これらを、約60人の飼育スタッフで管理しているのだ。

「牛の健康を保つには、餌やりや寝床の掃除など、毎日きちんと面倒を見なくてはなりません。また、幼い牛は体調を崩しやすく、巨体ゆえに自力で起き上がれない成牛を放置すれば、胃にガスがたまり、最悪死に至ります。そのため、スタッフが定期的に巡回し、状態をチェックする必要があるのです」(株式会社トップファーム 取締役 企画部長 井上 和明 氏)

牛に目が行き届かないと、分娩事故や難産の危険性も高まる。その結果、子牛の「死廃率」が高まれば、畜産業者にとって大きな経済的ダメージだ。また、難産の母牛に対するケアを怠ると、体力を大きく消耗し、その後の搾乳量にも影響が出てしまう。

「一番遠い牛舎まで、車で30分もかかる環境ですから、見廻るだけでも大変です。特に深刻なのが夜間の巡回。少人数で回るので、どうしても分娩事故や難産を見落としたり発見が遅くなったりすることがあります。夜間の巡回担当者がトラブルを発見したときにはすでに子牛が死んでいた、というケースも珍しくありません」(井上氏)

牛に十分なケアを施すには、一定数のスタッフをそろえる必要がある。しかし、畜産業界は労働者不足だ。トップファームでは、働きやすい職場づくりを推進。また、近隣の教育機関などとも積極的に連携を図り、畜産業の魅力を発信して若年労働者を呼び込もうとしているが、それでもスタッフの確保には苦労しているという。

株式会社トップファーム 取締役 企画部長 井上 和明 氏(左)
総務部 山川 紀明 氏(右)

AIによる画像解析の導入を考えた理由

膨れ上がる業務と、慢性的な労働者不足。これらの課題を解決するため、トップファームではITの活用を進めている。

「IT化によってスタッフの業務負荷を下げれば、労働者不足の解消にも役立ちますし、求職者増にもつながると考えています。また、『スマート農業』という切り口で、地方自治体などからの補助金申請も可能になります。そこで数年前から、ITの力を使った業務改善に取り組み始めたのです」(株式会社トップファーム 総務部 山川 紀明 氏)

一般に農業や畜産業の分野では、IT化が十分に進んでいるとは言えない。背景には、家族経営・小規模経営の農家・畜産農家には十分なIT投資が難しいこと。そして、昔からのやり方にこだわる人たちが決して少なくないことなどがあるようだ。

「生産設備が大規模になるほど、人の目が行き届かなくなります。そのため、若い世代の畜産家やメガファームを中心に、IT導入を進めるところは増えていると感じますね。特に酪農の分野では、牛の発情を見極めて繁殖管理に活かす機器や自動搾乳ロボットを導入するなど、IT化・機械化を積極的に進めています」(井上氏)

こうした流れのなかでトップファームが取り組んだのが「牛分娩AI監視システム」である。牛の分娩はいつ始まるかわからないし、難産の場合には介助が必要になる。だが、スタッフの数は限られているため、出産を控えた母牛の近くに長時間張り付いているわけにはいかない。そこで、出産を間近に控えた牛をカメラで監視し、AIで画像解析することで分娩兆候を判断して担当者に自動通知する仕組みが作れないかというのが最初のアイデアだった。

「分娩の前には、陣痛や破水などの段階があります。そしてその都度、前足で地面をかいたり横たわったりするなどの兆候が現れるのです。こうした兆候をAIで検知し、担当者に知らせ、現場に駆けつけられるようにすれば、分娩事故を大きく減らせるのではないかと考えました」(山川氏)

牛舎の振動や、脈拍などのバイタルデータを感知して分娩兆候を検知しようとする畜産農家もある。しかしトップファームがカメラ+AIによる検知を選んだのは、「アニマルウェルフェア(動物福祉)」に配慮したからだ。カメラで撮影する方法なら、牛に余計なストレスをかけることがない。

牛舎を巡回するスタッフ

導入に際して協力を仰いだのは、トップファームが以前から共同研究などで連携していた北見工業大学。そして、AIのノウハウを豊富に持つSCSKグループのSCSK北海道だった。トップファームとSCSK北海道は、北海道でITによる業務改善を目指す人々とITベンダーとのコミュニティで出会ったという。

プロジェクトは2018年に動き出し、2019年夏には中小企業庁の「平成31年度 ものづくり・商業・サービス高度連携促進補助金」に採択されて本格始動。そして2020年1月からPoC(実証実験)を開始した。

画像解析のPoCはこうして進められた

牛分娩AI監視システムの導入に際してまず取り組んだのは、スタッフたちから分娩前の牛がどういう動きをするのか聞き取ることだった。

「分娩の兆候が現れてから一定時間たっても生まれない場合、難産と見なして介助をします。ただ、経験の浅いスタッフは、前足で地面をかく、あるいは特徴的な鳴き方をするなどの兆候がなかなか見分けられず、分娩兆候の始まりを正確に把握できません。そこでベテランのスタッフから分娩前後の母牛の動きについて話を聞き、それをノウハウとしてまとめることから始めました。続いて、分娩を行う牛舎にカメラを設置し、分娩前後の映像を録画。コマ送りにした映像をベテランスタッフに見せ、それぞれが分娩のどの段階にあたるのかを、付箋を貼って教えてもらいました。スタッフたちは日々の業務を抱えていますから、時間を確保してもらうのが大変でしたね」(井上氏)

トップファームでは分娩用の牛舎で、2頭を1部屋に入れて管理している。だが、2頭が一緒にいるところを画像解析するのは、1頭だけよりはるかに難しかった。また、撮影する角度によっても認識精度が変わるため、カメラの設置位置について試行錯誤を繰り返したという。

画像認識システムの根幹になっているのは、ディープラーニングを使ったAIモデルを簡易に構築できるSCSKのソリューション「SNN(SCSK Neural Network toolkit)」。今回のケースでは、録画した動画を画像に切り出し、分娩兆候となる画像にラベル付けしてSNNに学習させることで、分娩の可能性を割り出す「学習モデル」を構築した。このように、SNNを使うことで、比較的容易に学習モデルを開発できる。

学習モデルの構築を担当したのは北見工業大学、SCSK北海道がシステム化を担った。現状、検知率の目標を8〜9割に設定し、検知精度を高めている段階だ。学習の結果、検知精度が目標まで達したら、担当者に「分娩の可能性が高い」ことをメールで通知する仕組みも用意してある。これにより、効率的な見回りと分娩兆候の見逃し防止を実現するのだ。

牛分娩AI監視システムの実証実験の様子

トップファームでは、分娩兆候の検知以外の用途にもAI監視システムを活用できると期待している。例えば、自力で起き上がれなくなった成牛の早期発見はその1つだ。

「出荷直前の肉牛はとても高価なので、起き上がれず胃にガスがたまって死んでしまったら、畜産家にとっては痛手です。もし、カメラとAIを使っていち早く把握できれば、当社はもちろん、多くの畜産家に役立つのではないでしょうか。また、病気にかかったり、足を痛めて動けなくなったりした牛を見つけて早期治療するなど、他にもいろいろな活用法があると考えています」(山川氏)

トップファームでは、スマートグラスを使ってベテランスタッフの視線を解析し、どこを見て作業をすればいいのかを若手に伝える映像教育コンテンツの作成、病歴・治療歴をクラウドで管理・共有することでノウハウ蓄積と事故防止を目指すシステムの構築などの実証実験も進められている。

「今後も、北見工業大学やSCSK北海道と協力しながら、さらなるIT化を進める予定です。例えば、カメラ以外の機器でデータを集め、それによって牛の健康状態を確認する新手法なども検討しているところです」(山川氏)

SCSK北海道もまた、1次産業が盛んな北海道で地域貢献を目指すというミッションを掲げ、その実現に向けて動いている。大学などの研究機関とも連携しながら、どのような支援ができるかを模索しているところだ。畜産業・農業などの分野で、IT活用の可能性は今後、さらに広がっていくだろう。