製造業に求められる体系的な要件管理とは
日本独自のトレーサビリティ管理ツールの活用例

日本独自のトレーサビリティ管理ツールの活用例
自動車をはじめ製造業の製品開発では、システム開発の大規模化・複雑化が進んでおり、要件管理に関連したトラブルが増加しているという。例えば、要件と設計の不整合による不具合や品質問題などだ。これらの課題を解決するために必要となるのが、ALM(Application Lifecycle Management)ツールを活用したトレーサビリティ管理である。ここでは、日本の開発現場に適したALMツールにはどのような機能、特徴が求められるのか、事例とともに探っていこう。

要件管理の体系化を推し進める理由

システム開発の現場では、実装されたプログラムやシステムと、要件定義書や設計書との整合性が取れていないことは珍しくない。このような事態が起こる背景には、要件定義書や設計書などのドキュメントやプログラムが網羅的に管理されておらず、要件管理が体系的にできていないことがある。

ドキュメント管理に不備があると、どのようなトラブルが発生するのか。

「一般的な開発現場では、要求や構成、変更などに関する個々のドキュメントはファイルサーバーで管理しているケースが多く、版を重ねるに従ってバージョン管理が難しくなります。目的の最新版や成果物を探すのにも非常に時間がかかり、間違って古い版を使用して要件と不一致が生じ、後に手戻りが発生するといったトラブルもよく起きます」(株式会社ベリサーブ プロセスエンジニアリングサービス開発部 部長 山本 敏博)

要件管理の観点では、体系的なドキュメント管理ができていないと、重要な要求が抜け落ちて機能に反映されなかったり、要件が競合する機能を開発してしまったりすることがある。また、要件と設計の食い違いや要件に対する設計の根拠が、後から正確に追えなくなってしまうことも珍しくないという。

「要件と設計の食い違いによるトラブルは、開発の規模にもよりますが、多くのプロジェクトで起こっていると聞いています。さまざまなお客様の状況を聞いた感触としては、数十パーセント以上のプロジェクトで発生しているのではないでしょうか」(株式会社ベリサーブ プロセスエンジニアリングサービス開発部 プロダクトサービス開発課 課長 横田 浩行)

そこで必要となるのが、設計の根拠をトラッキングできるような仕組み、すなわちトレーサビリティ管理だ。

トレーサビリティ管理の意義

トレーサビリティ管理の意義は3つある。

第一が「一貫性」の確保である。機能が増えれば機能間の関係も複雑になる。そのため、開発されたものが要求仕様を満たしているか、要件と設計に食い違いはないか、つまり一貫性が確保されているかのレビューが難しくなる。その関係性を可視化するのがトレーサビリティ管理の役割である。

第二が「完全性」の担保だ。すなわち、上位成果物と下位成果物が必要十分な関係にあることの担保である。「要求を抜け漏れなく実現するには、上流から見た完全性の担保だけでは十分でありません。トラブルを未然に防ぐ内部統制的な意味合いとして、下流から見た完全性の担保も、トレーサビリティ管理を行う上では重要になります」と横田は話す。

第三がトレーサビリティ管理によって、「影響分析」が容易になることだ。「システム開発の現場では途中で要件が変わり、それに伴ってシステム変更や設計変更が起こることも少なくありません。複雑・大規模なシステムでは1カ所を変えるとさまざまなところに影響が波及します。トレーサビリティ管理を実施していれば、影響を受けそうな範囲を抽出できるため、より効率的に影響分析ができるのです」(横田)

スマホアプリなど小規模な開発なら、トレーサビリティ管理も容易かもしれない。しかし、「大規模なシステムあるいは人命や財産に関わるシステム、例えば自動車の制御システムの開発では、機能安全規格(ISO 26262)などにより開発プロセス全体で安全性を保証する管理が求められています。このようなシステム開発においては、体系的なトレーサビリティ管理が不可欠になっています」と横田は言う。

体系的な要件管理で得られる成果

そこで必要となるのが、ALMツールである。

「広義のALMには、開発ツールやテスト管理ツールなども含まれますが、中心となるのは要求管理と構成管理、変更管理です。当社のALMツール『ConTrack(コントラック)』では、成果物とそれに関連する情報を関係性も含めた、体系的なトレーサビリティ管理が可能です」と山本は語る。

例えば自動車の開発シーンで、「誰でも軽く操作できる電動パワーステアリング」という要求に対して、開発段階で重い操舵感のスポーツカーのステアリング仕様を流用する場合、「誰でも軽く」を要求として元仕様(操舵角やトルク値など)を変更する必要がある。仕様を変更せずに設計すれば、上位要求を満たさず商品ターゲット本来のニーズと矛盾が生じてしまうからだ。

「ConTrackのようなトレーサビリティ管理ツールがあれば、このような矛盾が生じていないか、上位の要求がきちんと充たされているかを、容易に確認できるようになります」と山本は語る。

ここでは簡略化した例を述べたが、実際の自動車の開発では、「要求と設計の関係性は網の目のように絡まっています」と横田は言う。そのため、品質確認のためのレビューが非常に重要になるのだ。

「レビューは各分野の専門家が実施しますが、忙しくてなかなか時間が取れないのが実情です。ConTrackで管理していれば、すべての成果物やドキュメントが紐付けられているので、たとえ複雑なシステムでもこのソフトウェアが何を制御しているかを説明しやすくなります。また、レビューする側も多角的な視点でレビューできるようになるのです」(山本)

(左)株式会社ベリサーブ プロセスエンジニアリングサービス開発部 部長 山本 敏博
(右)株式会社ベリサーブ プロセスエンジニアリングサービス開発部 プロダクトサービス開発課 課長 横田 浩行

では、ConTrackを導入して成果を上げている企業の事例を見てみよう。

自動車メーカー向けに部品を製造しているサプライヤA社の場合、ConTrack導入前は、「自動車メーカーから伝えられる要求が非常にアバウトで、打ち合わせをしながら要求を固めていくスタイル」だったと横田は話す。

最初のアバウトな要求は書面でもらえるが、その後の詳細は打ち合わせの議事録や参加者のメモ書きなどで残る程度。また、メールで要求情報が送られてくることもあったという。そのため、要求情報がトレースしづらく、設計の根拠が曖昧になることも珍しくなかった。

「A社では、設計の根拠が正確に分からないため、レビューも困難でした。そこで要求に関する情報を一元的に管理するためにConTrackを導入されたのです。その結果、超上流における成果物の品質が著しく向上しました」(横田氏)

次に、試験機を製造する産業機械メーカーB社のケース。工場などで品質検査などを目的として使われる試験機は、試験対象が異なると求められるスペックも変わってくるため、お客さまの数だけカスタマイズを実施する多品種派生開発を行っていた。

B社がConTrack導入を検討するきっかけは、設計不具合による品質問題が発覚したことだった。その際、このお客様向けの試験機のみ設計を変更して改めて納品した。しかし、他のさまざまな不具合についても精査したところ、他社向けの試験機についても同様に設計変更していれば、不具合発生は防げたことが判明したという。

「ConTrackでトレーサビリティ管理をすれば、どのような要求でどのように設計を変更したのかが明確になります。また、あるモジュールで不具合が見つかった場合は、そのモジュールがどの試験機で使われているかも容易に把握できるようになります。B社は現在、ConTrackをパイロット運用している段階ですが、変更要求対応の統括担当者を置き、変更要求仕様と機能要件とを紐付けるなど、派生開発の効率化と品質向上に取り組んでいます」(横田)

「要件管理をExcelで行っている企業は多いと思います。ですが、Excelでは影響分析に工数がかかり、またトレーサビリティ情報や開発成果物の再利用が難しくなります。今後トレーサビリティ管理のためにALMツールの導入を検討する企業が増えると考えています」(山本)

日本発のALMツールが可能にする、現場視点の要件管理

ConTrackは、日本発のALMツールである。その特長の一つは開発スタイルを無理に変更しなくても済む柔軟性だ。

日本のシステム開発の現場では、ウォーターフォール型の開発方法論を採用することが多い。だがConTrackは「ウォーターフォールモデルのみを前提としない管理が可能です」と横田は言う。

前述のように自動車関連の開発現場では、最初に出てくる要求がアバウトで、話し合いなどを進めていくうちに具体的な設計を詰めていくことが多く、完全なウォーターフォール型とは言えない。このような現場では、既定されたプロセス通りに文書を管理することが求められる欧米のALMツールを使うのは難しい。

だがConTrackなら、プロセスに依存することなく、自由に文書管理のスタイルを決められる。しかも、WordやExcel、PowerPointなどはもちろん、Outlookメールやテキスト、PDFなど、多種・多様なファイルフォーマットに対応している。この点も、欧米のALMツールと比べて柔軟性が高い。

また操作画面では、直感的なUIを採用。ファイルの登録はドラッグ&ドロップするだけで可能となり、要件定義書、基本設計書、詳細設計書、システムテスト仕様書など、登録したファイルの関係性がグラフィカルに表示される。画面をぱっと見るだけで内容やつながりが把握できるなど、使いやすさにもこだわっている。

直感的に操作できるトレース情報管理画面

さらに、ConTrackは変更管理のためのプロジェクト管理ソフトウェア「Redmine」、構成管理のためのバージョン管理システム「Subversion」とも連携可能となっており、システム開発プロジェクト全体をサポートするツールとして活用できる。

今年6月には、新機能「ReqIF Adapter」を追加。これにより、欧米の自動車関連メーカーで活用が広がっている要求交換フォーマット「ReqIF(Requirements Interchange Format)」形式に対応したトレーサビリティ管理ツールとの間で、要求・設計情報の双方向のやり取りが可能になった。

「今後、他の管理ツールと要求・設計情報を交換する場面は増えていくはずです。海外の自動車メーカーと取引している日本のサプライヤにとって欠かせない機能なのです」(横田)

複雑化・大規模化していく製造業のシステム開発では、トレーサビリティ管理を必要とする場面が今後、ますます増えていく。

「日本の開発現場では、WordやExcelが用いられてきました。そうした過去の開発資産の活用はこれからも必要です。ConTrackならWordやExcelの文書を取り込み、文書解析することで、活用が可能になります。今後も、日本のお客様のニーズに合わせて、より使いやすいツールになるように開発を進めていきたいですね」(横田)

体系的に要件管理を進めたいが、自社の開発環境に適したトレーサビリティ管理ツールが見当たらない。そうした課題を抱えている企業は、ConTrackを検討してはいかがだろうか。