街そのものがコンピューターに。P2P技術がつくる未来

端末同士でネットワークが構成され、自動的に通信を行う「自律分散ネットワーク」が注目を浴びつつある。このシステムを利用した実証実験を通して、私たちとITとのこれからの関係について考えてみた。

「自律分散ネットワーク」によって、街そのものがコンピューターになる

「コンピューターネットワークの歴史は、これまで“集中”と“分散”を繰り返してきました。近年はクラウドサーバーによる“集中”の時代が続きましたが、これからは管理者がいなくても秩序を保ち、端末同士がつながってネットワークを構成する“分散”の時代がやってくる。その結果、街全体がコンピューターとして自然と働き、私たちの暮らしを快適にサポートしてくれるような世の中になっていくはずです」

長年、株式会社SKEED*1(以下、Skeed)とともにこの技術の開発と普及に関わってきたSCSK ソリューション事業部門の宮島は、このように語る。

東京への一局集中から地方分権、そして地方創世へと舵を切りつつある昨今。同じくネットワークでも従来の集約型のスタイルを解消する動きが高まりを見せており、そのなかで注目を集めているのが、「P2P自律分散ネットワーク*2」だ。

(Skeed提供)

・自律分散動作する多数の通信ノード間で情報のバケツリレー型の通信をする。
・通信経路は自己学習により使用中に最適化されてゆく。ノードは能力に応じて階層化され、処理や接続の高速化がされる。
・物理的通信路(有線、無線、短距離無線その他)は選ばない。遅延耐性ネットワークの対応(DTN:Delay Tolerant Networking)
・情報を取り寄せる際、欲しいデータの中身の説明(Interest)を用いてネットワーク上の「どこか」にある情報を収集する。

(Skeed提供)

この技術によって街中にネットワークが張り巡らされ、いたるところでシステムを利用できるようになれば、当然、その中で生活する私たちと、ITとの関わりも変化していくだろう。現在、この技術を利用して「街にネットワークを構成する」実験が行われている。

*1 株式会社SKEED。特許を取得した独自技術による高速ファイル転送やコンテンツ配信分野で、250社を超える導入実績を持つ。2017年よりSCSKグループ。

*2 クライアントサーバー型接続でなく、端末同士が直接通信をすることでトラフィックの集中を回避し、最適な通信経路を自律的に発見するネットワークのこと。

低コストで自動的にネットワークを構成。一部が壊れても“止まらずに”通信できる

美波町は、徳島県南部沿岸に位置する、人口約7,000人の町。このエリアは住民の高齢化に加え、巨大地震が起きると20メートル以上の津波に襲われると想定されている。そんな美波町を舞台にし、P2P自律分散ネットワーク技術を活用した防災・減災の実証実験が進められている。

「美波町のような小さな自治体は多くの課題を抱えている一方で、予算や人員に限りがあります。自律分散ネットワーク技術ならば、端末は設置するだけで自動的にネットワークを構成するので、設置・運用の手間を大幅に減らせる。サーバーを設置する必要もなければ、キャリアの通信料もかからない。コストも大幅に下げられると考えました」

美波町の避難困難地区には、およそ40〜50個の自律分散ネットワークの中継器が設置されている。一方、住民はBluetoothの発信タグを携帯。中継器はこのタグが近くを通過したことを認識し、隣の中継器へとタグの位置情報を伝える。津波の注意報が出たときは、中継器が住民のタグへ避難の信号を出す。その後、避難が済んでいない住民の居場所も調べ救助時にも活用できる。これが平時の見守りと、災害時の防災システムとなるのだ。

「データを一局集中させるシステムの場合、災害でサーバーが壊れると全てのサービスが止まってしまいます。自律分散ネットワークの場合は、端末がひとつ壊れても動いている機器同士が勝手につながるため、非常時でも止まらずに通信できる。通信が遮断されて携帯電話がつながらなくなっても機能するというのが、災害時ではなによりも大事なんです」

フレンドリーな地域住民との交流の中で、見えてきた課題

実証実験を行っているSkeed自身も美波町にオフィスを構え、美波町に根を張り活動を行っている。美波町の住人も地元企業が行なうこの実証実験に積極的で、ヒアリングを行えば率直な意見が次々と飛び出す。今後の展開に向けたマイナス要因を消していくため、実験を行うなかで地域住民から出た意見にはとことん耳を傾ける。

「多いのが、“自分がどこにいるかを把握されるのが嫌だ”、“妻や子どもに持たせるのはいいけど、自分は持ちたくない”という意見ですね(笑)。技術的なもの以上に、持ってもらう人への配慮が一番の課題なんですよ。緊急時に自分の命を守るためのもので、集めた情報をどういった場面で使うのか説明し、理解してもらうのももちろんですし、どうすればタグを“持ちたい”と思ってもらえるのか。喜んで持ってもらえたら大成功です」

いつも持ち歩く杖にタグの機能をつけたり、服に縫い付けたり、といった方法にもトライしているが、必ず持ってもらうためには別のメリットが必要だ。そのため、健康管理のため万歩計の機能をつけ、歩いた距離に応じてインセンティブが出るといった方法など、試行錯誤しながら「人とITとの新しい関わり方」を模索している。

「意識しなくても、システムが自然に人間の動作をサポートしてくれるようになる」

P2P自律分散ネットワーク技術が活用できるのは、地域向けソリューションだけでない。例えば一般企業では、社員がタグを持ち歩くようにすれば、フリーアドレスのオフィスでそれぞれの居場所を確認したり、入退室を記録して勤怠管理をしたりするなど、今後さらに重要になってくるであろう「働き方改革」のための導入も期待される。

他には小売店では棚卸しや在庫管理、介護施設では部屋に端末を置いて熱中症対策の室温管理。イベントと連携してエンターテインメントに利用したり、端末にカメラを設置して人の流れの管理を行ったりと、応用可能な範囲は多岐にわたる。

「Skeedの技術は、AIなどの最新技術と結びつけることでさらなる価値が生まれる、いわば“新しいプラットフォーム”。こう使わなければいけない、というのは一切なく、私たちが想定していない使い方もあるはず。美波町はそのテストベッド。斬新なアイデアを持っている人には積極的に開放しているので、ぜひビジネスに活用してもらいたいですね」

自律分散ネットワークの強みは、一定の間隔で中継器を敷設すれば、どんな場所にでも簡単にプライベートネットワークを設置することができるということだ。その結果、ネットワークが一部の地域のものであったこれまでの状態から、都道府県レベルの取り組みとして、どんな地域でもネットワークを導入することができるようになる。これによってデジタルデバイドを解消し、中央集権的だったネットワークがフラットで平等なものになることが理想だと宮島は語る。

「この仕組みを使って街中にネットワークが張り巡らされれば、クラウドを使えるような特別な知識を持っていない人でも当たり前にネットワーク機能が使えるようになり、街の商店街のような場所にもシステムが入っていくことになるでしょう。意識して使うのではなく、当たり前のように、コンピューターが人間の動作を自然に補助してくれるよう、私たちとITとの関係が変わっていきます。その役割を、自律分散ネットワークシステムが担うようになる。どんなにヨボヨボになっても、ITが助けてくれるんです(笑)。私が年を取ったときに、世の中がそうなっているとうれしいですね」

実証実験の様子はこちらよりご覧いただけます。 (Skeed 提供)