三菱地所の顧客サービスプラットフォーム戦略
会員組織の統合で「住まいのバリューマネジメント」を実現

会員組織の統合で「住まいのバリューマネジメント」を実現
三菱地所株式会社では、様々な住宅関連事業を展開している。三菱地所の住宅事業グループ各社は、住宅関連市場の環境変化などから、各社が運営してきた会員組織を統合し、「三菱地所のレジデンスクラブ」を再編した。その狙いはどこにあるのだろう。ここでは、同社によるビジネス変革の狙いとその実現プロセスを見ていこう。

なぜ会員組織の統合が必要になったのか

三菱地所の住宅関連事業は極めて広範囲だ。分譲マンションや戸建分譲、不動産仲介・賃貸事業のほか、マンション管理事業やリフォーム、インテリアの設計・施工など、住宅関連事業だけで年間4,100億円を売り上げる。

住宅関連事業を展開する各社は元々、それぞれ会員組織を運営していた。これらを統合したのが2018年6月に発足した新生レジデンスクラブだ。会員38万世帯の旧レジデンスクラブと住宅事業グループ各社の会員組織を統合したのだ。

「検討顧客と購入顧客、所有者と居住者を1つの会員組織にまとめたのは業界初だと思います。統合によって、会員数も業界内で最大の60万世帯になりました」(三菱地所株式会社 住宅業務企画部 バリューチェーン推進室長 細谷 惣一郎氏)

会員組織統合の狙いは、各社が持つ顧客情報を集約し、住宅事業グループ内でシナジーを創出することだ。その背景には、住宅関連市場の環境変化がある。住宅販売のマーケットは、国内人口の減少やニーズの多様化が向かい風となり、新築マンションの供給戸数は減少、中古物件の取引数が新築物件を上回る。

一方で、リフォーム市場は伸びている。ライフステージの変化による住み替え・買い替え需要は、今後さらに増すだろう。販売事業というフロー型よりも、リフォームや買い替えといったストック型ビジネスの重要性が高くなっているのだ。

「三菱地所の住宅事業は、フロー型ビジネスに強みを持つ一方、ストック型ビジネスの領域における競争力はそれほど高くありません。そのためフロー型ビジネスを継続して伸ばすとともに、ストック型ビジネスを加速度的に強化することが求められていたのです」(細谷氏)

三菱地所では、住宅事業グループ各社がそれぞれの事業に邁進するあまり、各社が個別最適し、住宅事業グループのシナジーがあまり生まれていなかった。

フロー型とストック型のビジネスを両輪で育てるには、会員組織の統合が必要だった。またそれは、顧客に新たな価値を提供することにもつながるだろう。マンションや戸建ての購入から、住宅のリフォームやマンションの管理、住み替えや買い替えまで、様々な顧客ニーズにワンストップで応えられるようになるからだ。

「全体最適」の視点でグループ各社が持つ顧客情報を集約し、グループ一丸となってバリューチェーン施策を推進することで、各社のシナジーを生み出す顧客プラットフォームを構築しようと考えたのである。

MVP(Mitsubishi Value-chain Platform)構築プロジェクト
三菱地所株式会社 住宅業務企画部 バリューチェーン推進室 室長 細谷 惣一郎 氏(上)、副主事 橘 嘉宏 氏(左)、統括 池田 至 氏(右)

全体最適で新たな価値創造を支えるプロジェクト

課題解決に向けて取り掛かったのが、2015年にスタートした「MVP」(Mitsubishi Value-chain Platform)の構築プロジェクトだ。目指すのは同社のサービスコンセプトである「住まいのバリューマネジメント」を実践するためのシステム構築だ。

MVP構築の目標は当初、住宅事業グループ各社が必要に応じて情報を共有し、都度閲覧できるようにすることだった。しかし、より深いシナジー創出と顧客価値創造を目指すのであれば、グループ全体でのリアルタイムな情報活用が必要となる。そのため、当初の目標を住宅事業グループ各社の顧客情報の名寄せ・統合に変更。さらに、売上の拡大とロイヤルティの向上に向けた、会員組織の統合と顧客への情報発信へと目標は進化していった。

MVPは、住宅事業グループ各社の顧客情報を共有する統合CRM(Customer Relationship Management)と、会員に向けて柔軟な情報発信を行うデジタルマーケティング統合型CMS(Contents Management System)で構成される。これがフロー型とストック型の両輪での収益獲得と顧客に対する新たな価値創造を支える基盤となる。

MVPのプロジェクトを進めるにあたり、大きな課題となったのが個人情報の共同利用方針の決定だ。住宅事業グループ各社ごとに個人情報の取り扱いが異なる。個人情報の利用に関する許諾の取り方も違う。そのため、各社の個人情報を徹底的に調査、共同利用範囲を決定し、利用できる項目を選別しなければならない。こうした地道な精査を経て、統合CRMに登録するデータは整えられた。

顧客情報やCRMの統合に向けた各社との調整も難航した。住宅事業グループ各社が持つ顧客情報は蓄積した重要な各社の資産であり、共同利用に対する抵抗感は強い。プロジェクト開始当初は、どのグループ会社も「総論賛成、各論反対」だった。

住宅事業グループ各社に対しては、粘り強く交渉を行った。グループ内で情報を共有する仕組みができれば、各社が持つ情報を相互に活用できる。各社で顧客を囲い込むのではなく、むしろ積極的にグループサービスを利用してもらうことで、グループに対するロイヤルティが上がり、将来的なリピート獲得が見込める、という顧客情報の相互利用のメリットを提示し、説得し続けたのだ。

「プロジェクト成功のカギは、グループとしてのCRM統合のメリットを理解してもらえるかです。ある意味、個社最適から全体最適へのマインドシフトと言えるでしょう」(細谷氏)

そして、このプロジェクトの勘所となったのが膨大な顧客情報の名寄せである。単に各社の顧客情報をひとつに統合しただけでは、IDも統一されず、ロイヤルティの高いお客様の特定は難しい。各社の顧客へのアプローチを横断的に把握していなければ、顧客満足度の向上につながらない。

名寄せの対象は、個人だけでなく契約や物件情報を含むため、非常に煩雑な作業だった。
各社が持つ情報の表記の違いを補正し、名寄せするためのロジックを組むのは試行錯誤の連続であった。この煩雑な名寄せ作業を経て、当初200万件あったデータは、120万件に絞り込まれた。

MVPのシステム構築はSCSKが行った。「1年半というタイトなスケジュールの中で、要件定義から開発まで、きめ細かく複雑な要件にもきちんと応えてくれたことに、責任感の強さを感じました。個社のニーズをくみ取りながら開発を進めてくれたおかげで、風通しの良いプロジェクト運営ができたのです」(細谷氏)

MVP(Mitsubishi Value-chain Platform)の概要

顧客満足とロイヤルティ向上を実現するプラットフォームへ

MVPは今後、顧客や物件の情報を一括管理するための「箱」だけでなく、顧客が求める情報を適切なタイミングで発信する「接点」として機能する。顧客満足度の向上のため、MVPでは様々な顧客チャネルを活用している。特に、サイトやアプリ、メルマガやSNSなどのウェブ、DMや会員誌などの紙媒体、ラウンジやイベントなどのリアルという3つの顧客チャネルの使い分けは重要になる。

「MVPでは、主にウェブを経由してお客さまにサービスを提供しますが、Face To Faceの対応を好む方もいらっしゃいます。そのため、複数の顧客チャネルを用意しています。今後も、顧客との接点を増やすなど、MVPを顧客ロイヤルティ向上のためのプラットフォームとして育てていく取り組みは継続していきます」(細谷氏)

ロイヤルティ向上施策の一環として、3つの会員種別を用意した。物件のオーナーはロイヤル会員、賃借人、仲介・リフォームなどのサービス利用者はプレミアム会員、購入や賃貸など各種不動産サービス検討者は検討会員と会員種別を分け、それぞれのニーズに応じて、無料サービス、会員限定イベント、優待特典、会員誌など、あらゆるライフステージに応じたサービスや情報を提供する。

さらに三菱地所では、先の展開も見据える。たとえば、「三菱地所のレジデンスクラブ」会員情報と、三菱地所のカードやホテルの利用情報、アウトレット施設での購買情報との統合だ。これにより、家族構成や購買傾向、意思決定者などの把握が可能になり、他事業者とのアライアンス、新規事業の創出にもつながるだろう。

「100万件を超えるデータを整理した状態で持っている価値は大きく、すでに他事業者から連携や提携のご相談をいただいています」(細谷氏)。

収益拡大と顧客価値創造、さらには新たなビジネス展開も見据えた会員組織の統合プロジェクト。プロジェクトを成功に導いた秘訣とは何だったのだろう。

三菱地所の細谷氏によれば、プロジェクト推進の実務面もさることながら、体制づくりやマインドセットが大きな要素であったという。

体制づくりにおいては、本社社員のみならず住宅事業グループ各社のキーパーソンをプロジェクトメンバーに直接アサインし、徹底的にコミュニケーションを図ることで、各社との深い調整が可能になった。

またマインドセットについては、「MVPの実現が、三菱地所グループ全体の収益拡大と顧客に対する新たな価値提供につながる」という「全体最適」の信念をプロジェクトの中心に据えたことで、トラブル局面でも粘り強くプロジェクトを推し進めることができた。

三菱地所の顧客コミュニケーションの進化に向けた取り組みは今後も続いていく。

 

「三菱地所のレジデンスクラブ」を支援するソリューション

統合型CRMソリューション Dynamics 365 CRM

デジタルマーケティング統合型CMS Sitecore Experience Platform